こなひき太郎のkindle日記

人文社会系のkindle書籍をレビューします。

平間洋一『日英同盟』(2015年、角川学芸出版)―世界の国は海洋国家と大陸国家に分けられる?

 1902年に締結された日英同盟は、20世紀初頭の日本外交を代表する同盟であり、日論戦争・第一次世界大戦というふたつの戦争に影響を与えました。本書は、元自衛官である筆者が、日英同盟の歴史を振り返りながら、現在の日本の安全保障についても論じようとするものです。

 しかし、後述するように、その内容はあまりにもひどいもので、日英同盟についての概説書としても、日本の安全保障について論じた本としても、評価できるものではありません。

 

 

 

日英同盟についての概説書としては質が低い

 さて、『日英同盟』と題された本に、通常求められる役割はなんでしょうか。まず考えられるのは、日英同盟についての歴史的経緯について、一般向けの解説がなされることでしょう。しかし、本書は、日英同盟についての歴史的経緯をまとめた本であるとすれば、まったく評価できません。

 第一に、明らかな誤字や主語述語の不一致がいくつかの場所でなされていることを別としても、本書は極めて読みにくいです。多くの章が外語文献からの引用で占められており、解説書の体をなしていません。筆者は外国からの多様な認識を紹介するためのものだとしていますが、不自然に日本を絶賛したり、逆に日本を非難したりするものが続き、読みにくいだけでなく、一面的な理解を助長するものになっています。さらに、引用が原文そのままだったり、口語訳であったり、なぜか文語での訳になっていたりと統一されていません。当時の日本語文献を原文のままで引用することは理解できるとしても、(条約の条文など、当時の日本での理解が問題になる種類の文献であるならともかく)新聞記事などの外語文献を文語訳で参照することは、読者にとってわかりにくいだけです。また、原典史料を一から解釈するという歴史研究の基本を見失っているものでもあるように思います。

 第二に、本書は『日英同盟』と題されているのにも関わらず、日英同盟とどう関係するのか理解できない記述が多くあります。日英同盟を主題とする本のなかで、韓国の第二次世界大戦への歴史認識を批判したり、一章にわたってコミンテルン陰謀論を展開したりする意図がわかりません。また、各章の記述も必ずしも年代順になっておらず、日英同盟との関係も必ずしも明白化されないので、各章がばらばらに書かれた学術論文集を読んでいるかのような錯覚に陥ります。しかし、本書はもともと一般向け新書として発売されたものであり、きちんとした脚注や文献参照がなされているわけでもありませんし、学術的な新規性を求めているようでもありません。

 第三に、本書は歴史的事実への認識とそれへの評価を十分に分離させていません。一般書であるとはいえ、叙述のなかに「(イギリスが)○○してくれた」などの記述が見られるのは、本来中立的な視点からなされるべき歴史研究の成果としていかがなものなのでしょうか。さらに、自虐史観を批判したり、中韓との「歴史戦争」を主張したりと、ある種のとらえ方を前提視して歴史研究をすべきだと言わんばかりの記述が目立ちます。筆者は「一つの尺度で歴史は書き得るものでない」としていますが、筆者自身、ひとつの尺度に捕らわれているように見えます。単数であれ複数であれ、ある種の尺度を前提として歴史研究を行うべきではありません。まずは価値判断をできるかぎり捨象したかたちで、事実に対する認識をすべきです。価値判断から自由な事実認識をすることは極めて困難ですが、その努力を放棄すべきではありません。

安全保障政策について論じた本としても優れているとは思えない

 さて、筆者は本書の13章において、日本の同盟政策について論じています。筆者にできるかぎり好意的に解釈すれば、本書は日英同盟を例として、あくまで日本の同盟政策について論じたものであると考えられるかもしれません。

 この章で、筆者は世界の国を英米に代表される「海洋国家」と中国・ソビエトに代表される「大陸国家」に分けます。彼によれば、前者は議会制民主主義をベースとした海軍国で、共存共栄を目指す国際政策をとるのに対し、後者は専制的な陸軍国であり、自国中心主義的な拡張政策をとります。これは、世界をランドパワーとシーパワーとに分けるマッキンダー地政学をベースにした区分ですが、妥当性があるでしょうか。

 海洋国家が海軍国になりがちで、大陸国家が陸軍国になりがちであるという主張は理解できるとしても、議会制民主主義を早期から発達させた海洋国家というのは、イギリスとその旧植民地しかないでしょう。古代のギリシアや共和制ローマがそれにあたるかもしれませんが、ギリシアやローマの社会が戦争によって獲得された奴隷によって支えられており、まったく共存共栄的な発想に基づいていなかったことは言うまでもありあません。さらに、筆者も認めているように、そもそもこの分類には日本が当てはまらないのです。

 そのうえで、筆者は日英同盟や日米同盟を肯定的に、日独同盟を否定的に捉えます。確かに日本はイギリス・アメリカとの同盟によって利益を得たでしょうが、それは20世紀がアングロ・サクソンの時代であったからにすぎません。国家を海洋国家と大陸国家とに分類する考え方は、同盟政策の基準とするにはあまりにも粗雑です。