こなひき太郎のkindle日記

人文社会系のkindle書籍をレビューします。

長谷部恭男編『検証・安保法案』(2015年、有斐閣)―有斐閣はポピュリズムに走ったのか

 国会での意見発言で話題となった長谷部恭男先生の編による安全保障法制についての解説書が、kindleでも読めるようになりました。

 

 

検証・安保法案:どこが憲法違反か
 

  

 有斐閣ポピュリズムに走ったのか

 有斐閣は、法学書を中心とした学術出版社として知られています。特に大学で使われる教科書の出版に定評があり、どちらかといえば「お堅い」出版社というイメージがあります。

 この本は、表紙だけを見ると、そのような学術出版社の書籍には見えません。全体として落ち着いた色使いであるとはいえ、「われわれの憲法、われわれの9条を、守るべきときが来た」という扇情的なキャッチコピーが踊り、高橋源一郎荻上チキという法律の専門家ではない評論家が推薦者として挙げられています。

 果たして有斐閣ポピュリズムに走ってしまったのでしょうか。

 

専門家が並ぶ本格派執筆陣

 そもそも、表紙だけを見て書籍への評価を決めることは一般的に言って早計です。しかし、書籍の価値への判断基準になりうる要素があるとすれば、キャッチコピーや推薦者ではなく、執筆者でしょう。編者の長谷部先生、インタビューに登場する木村草太先生、「安保関連法案の個別論点」の第一論文を執筆している青井未帆先生は、憲法の専門家です。また、対談に登場する大森政輔氏は、「大森四原則」を作った元法制局長官です。「個別論点」の第二論文を執筆している柳澤協二氏は、防衛研究所長などを歴任した安全保障のスペシャリストです。安保法制に関する書籍の執筆陣として、妥当な人選であると思います。

 また、個別のインタビューや対談、論文については特集という形でそれぞれ記事を作成したいと考えていますが、どれも専門的知見が存分に発揮されており、示唆に富むものでした。少なくとも、学術出版社の書籍として、出版社への評価を落とすようなものであるとは考えにくいでしょう

 

資料集としての価値

 本書には、参考資料として安全保障関連法案の条文が収録されています。既存の法律の改正案については一部省略がなされていますが、改正部については既存の法律も併記され、ナンバリングの変更に至るまで、どのように改正されようとしているのか詳細に理解できます。法案自体はインターネット上でも読むことができますが、電子書籍というかたちでまとめて読むことができることには、一定の価値があるでしょう。

 さらに、kindle版には話題となった砂川判決も収録されています。判決の要旨については知識があっても、専門外の人間が判決文そのものを読む機会を作ることは難しいので、勉強になりました。特に、小谷判事、奥野判事、高橋判事の補足意見は迫力があり、高度に政治的な問題についての判断は裁判所にはできないとする統治行為論による違憲審査権の有名無実化を危惧するもので、最高裁判所裁判官としての矜持を感じさせます。

 

有斐閣ポピュリズムに走ってはいない

 これまで見てきたように、本書の内容はいたって本格的で、ポピュリズムであると言われるべきものではありません。むしろ、一般書としては難解すぎるくらいです。安全保障法案の本文や砂川判決を掲載していることは、条文や判例に則さないポピュリスティックな議論をいさめているようにも見えます。

 さて、ここまで本書を絶賛してきましたが、個々の論点については疑問がないわけではありません。それについては、先述したように特集というかたちでとりあげたいと思います。

 

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